日本には「桜」をモチーフにした傑作小説が2つあります。
- 『桜の森の満開の下』坂口安吾
- 『櫻の木の下には』梶井基次郎
2作とも、日本文学を代表する短編小説であり、オマージュも多いことから題名を聞いたことのある人は多いでしょう。
しかし、読んだことのある人はそう多くない印象。
題名も似通っていることから、どっちがどっち?と混合してしまう2作でもあります。
以下、それぞれのあらすじをなぞりながら、共通点や違いについてみていきましょう。
2作の共通点
実は怖い物語
「桜」というと、春の訪れの象徴として、観る人を温かい気持ちにさせるイメージがあります。
しかし、その桜を描いた『櫻の木の下には』『桜の森の満開の下』の両作は、意外にも桜の不気味さ、恐ろしさを表現した作品になっています。
これらの作品を読むことで、普段は気づくことのできない桜の一面に気づいてしまう、インパクトの強い体験をすることになります。
桜の妖艶さを描く
では桜の不気味さ、恐ろしさとはどこにあるのか。
両作が訴えている桜の真意は、「妖艶さ」にあります。
あの浮世離れした桜の美しさ、求心力は何かからくりがないとおかしい、魔力が秘められているのではないか、そのような疑惑から両小説は展開されます。
これらの作品を読んだ後に桜を眺めると、ただきれいなだけではなく、その奥の妖艶なオーラに心をつかまれてしまいます。
それでは、『櫻の木の下には』『桜の森の満開の下』の中身についてみていきましょう。
『櫻の木の下には』梶井基次郎
作品情報
『櫻の木の下には』の作者は梶井基次郎。『檸檬』が有名な近代作家です。
31の若さでこの世を発った梶井基次郎が20代後半に発表した短編が同作。
病気療養のために滞在した湯ヶ島の景色が作品に影響を与えているようです。
あらすじ
「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!」
という衝撃的な一文から始まる本短編。
語り手は、桜があれほど美しいのはその樹の下に死体が埋まっていて、その腐った体液を吸い上げているからだと想像します。
語り手は以前より、帰り道に剃刀のイメージが頭にちらつき、離れませんでした。
モヤモヤしながらある日訪れた渓谷で、彼は光彩きらめく油溜まりを見つけます。
のぞくとそれは、大量のウスバカゲロウの死骸でした。
死骸の妙な美しさに見とれているうちに、冒頭のひらめきが訪れるのです。
「そうか!櫻の木の下には死体が埋まっているのだ!」
彼の心のモヤモヤはこの想像により安定します。
「これで、 桜の樹の下で酒盛りをしている村人たちと同じように俺も酒盛りができるのかもしれない 、、、」
作品の魅力
作品の最後で言及される「酒盛りをする村人」は、この本を読む前のたちのようです。
僕たちはこの本を読んで、生の土台としての死、美の裏側にある醜に否が応でも気づかされます。
鑑賞前後で景色を変えてしまうのは芸術作品の効能の1つですが、これほどまでに強制力のある作品は珍しいでしょう。
あらすじでは簡単に紹介しましたが、「樹の下に死体」論理を展開するときのグロテスクで美しい描写はぜひ文字で追ってみてほしいです。
『桜の森の満開の下』坂口安吾
作品情報
『桜の森の満開の下』の作者は坂口安吾。
こちらも名を知らぬ者はいない近代作家。『堕落論』や『白痴』が有名ですね。
同作品は1947年の初出であり、戦争での空襲の経験とともに、梶井基次郎の『櫻の木の下には』に影響を受けていると思われています。
あらすじ
『桜の森の満開の下』は題名の華やかさとは裏腹に、緊張感が絶えない怪奇小説となっております。俗っぽく言えばホラー小説です。
ある峠に住み着いた山賊は、通りがかりのものを襲って身ぐるみをはぎ、気に入った女を妻に迎えながら暮らしていました。
山賊はその峠を支配していましたが、唯一「桜の森」だけは避けていました。桜の森に入ると何となく精神がおかしくなり、気がくるってしまう気がしていたのです。
ある日、山賊は旅人を襲い、その連れの美女を女房に迎えました。
その美女は恐ろしい女で、山賊に恐れることなく、小屋に連れ帰るとそれまでに同伴した7人の女を切り殺せと命令しました。
その女に山賊は逆らえず、世話役の一人を残してすべて斬ってしまいます。
その後も女の常軌を逸した要求は続き、都に住みたいといって山賊を村から引きずり下ろし、都の屋敷で山賊が刈った生首を集めて遊ぶ「首遊び」を始めます。
この美しくも恐ろしい女を見て、山賊はあの「桜の森」を想起します。
このような生活が続き、観念しかねた山賊は峠に帰る決心をし、女に訴えます。
女は山賊の予想に反し、別れるくらいなら一緒に峠に行く、と折れ、山賊は女を負ぶって峠を登ります。
峠の道のりには山賊が不気味に思う「桜の森」があり、満開に咲き誇っていましたが、山賊は故郷に帰れた興奮で意に介さず桜の森を突っ切ります。
すると、桜の森の満開の下、女の手がみるみる冷たくなることに気づきます。
美しい女は鬼へと変貌し、山賊の首を締めあげます。
山賊はすんでの思いで振り払い、鬼を押さえつけ絞め殺します。
我に返るとそこには鬼ではなく、もう動かなくなった美しい女房の姿がありました。
山賊は泣き叫びます。女の顔には桜の花弁が積もります。
山賊は女を抱えようとしますが、女の体は桜の花びらに変わり、姿かたちがなくなってしまいます。
気づけば山賊の腕も、体も、花びらとなり、満開の下には花びらだけが残りました。
桜の森の満開の下の秘密は誰にも今も分りません。あるいは「孤独」というものであったかも知れません。
作品の魅力
日本の幻想小説の最高峰といっても過言ではないこの小説。読み終わっても、15分くらいは日常生活に戻れないような、魔力があります。
桜というモチーフがこれ以上なくミステリアスに描かれ、妖しく思えてきます。
どこからどこまで桜の幻惑だったのか、読み手によって解釈は異なりそうですね。
映画化やアニメ化、舞台化もされているそうです。
おわりに
今回は日本の「桜」をモチーフにした代表作を紹介しました。
とっかかりが付きやすいようにあらすじも紹介しましたが、この2作品は生の文章を読んでこそだと思うので、青空文庫やkindle unlimitedなどでぜひ読んでみてください。