『それからはスープのことばかり考えて暮らした』は、
吉田篤弘の代表作のひとつ。
『レインコートを着た犬』 と並び、
「月舟町三部作」のひとつでもあります。
この作品から入った吉田篤弘ファンの方は
多いでしょうし、
篤弘ファンでこの作品を気に入らない人って
あまりいないんじゃないでしょうか。
それほど、この物語は
「吉田篤弘の王道を行く」作品だと思います。
あらすじ
主人公はオーリィという青年。
求職中の彼は、最近月舟町に引っ越してきます。
無職という立場にありながら、
隣町の映画館に入り浸る毎日。
銀幕の中の無名女優に恋をしているのです。
二つの出会いから物語は始まります。
ひとつは、サンドイッチ屋さん「トロワ」の店主。
オーリィはその味に感動し、通いつめる。
結果的に、その店に雇われることになります。
もう一つは、同じ映画を観ている
初老の女性・あおいさん。
オーリィが恋する銀幕の女優の面影が・・・
推しポイント①「不器用な登場人物たち」
『それからはスープ』の一番の魅力は登場人物。
みんないい人だけどそれ故に不器用な、
そんな人間性が素敵です。
一番好きなのが、
トロワの店主がオーリィを店に勧誘する場面。
「うちで働いてほしい」とストレートに言えない店主、
伝え方に悩み、
「ええと、働いてない君には、お客さんをやめてほしいというか…」
と回りくどい勧誘をしてしまいます。
それを聞いたオーリィは嫌われたと思い込み、
トロワに行きづらくなってしまう。
この不器用なやりとりにほっこりします。
ほかにも、まじめすぎる店主の息子・律くんや、
オーリの借家の大家・マダムなど、
心優しく不器用なキャラクターは魅力的です。
推しポイント②「暗さのある平穏」
上で心温まる魅力を解説しましたが、
『それからはスープ』は
純度100%のハートフルストーリーではありません。
そこに描かれる温かく平穏な日々の裏には、
どこか暗さを感じます。
吉田篤弘の真骨頂だと
個人的に感じている、「暗さのある平穏」。
この作品では二種類の「平穏」が描かれていると感じました。
1、終わりの来る平穏
まず一つが「終わりの来る平穏」。
典型的なのがオーリィの映画に通いつめる無職時代。
労働のストレスもなく、
悠々自適と趣味に没頭する時間ですが、
収入がない以上その生活が長く続かないことは自明。
同じ事例でよりはっきり問題が顕在化しているのが、
そのオーリィが通う映画館の経営。
客足が遠のき、配管の危機に悩まされる毎日。
そこへきて、館長の失踪。
残された青年は店番を和やかに務めながら、
静かに時を過ごします。
この、
「平和だけど、長くは続かないことがわかってる」状況、
永遠ではない平穏、というテーマは、
『レインコートを着た犬』でフィーチャーされています。
2、寂しさを抱える平穏
もう一つの「暗さのある平穏」は、
「寂しさを抱える平穏」。
「トロワ」の店主とその息子・律くんは、
日々平和に、穏やかに暮らしているように見えます。
しかし、読み進めるうちに、
彼らがそれぞれ近所の教会に
通っていることがわかります。
どの様な思いでそこに通っているか、
作中での明示はありませんが、
彼ら家族の亡き母親が関係していることは
推測できます。
同じように、
大家のマダム、
初老の女性・あおいさん、
映画館の青年なども
穏やかな日々を過ごしながら
何かを常に憂いていることがわかります。
そしてそれらには、いずれも
いまはそこにいない人、が関係していることがわかってきます。
それらの背景がすべて語られることはありません。
推しポイント③「すべてを語らない」
この本の推せるポイント、
最後は「すべてを語らない」ところです。
先に述べたように、
各登場人物にまつわる「今はいない人」について、
どのような過去があったのか、作中で語られることはありません。
また、この作品の肝であるあおいさん。
オーリィは自分が恋する数十年前の映画の女優、
「松原あおい」と同一人物ではないかと考えますが、
その真実も最後まで明かされません。
(余談ですが、「時間を超えた繋がり」は『78』にも通じるところがありますね)
要するに、
「この物語、表はこんな感じで、その背景はこんなことがあったんだよ!」
と全部種明かしをすることなく、
あくまで一人の登場人物の視点から
見える世界に徹底しているのです。
その奥ゆかしさが
この本最大の魅力なのではないかと思ってます。
さいごに
冒頭で述べたように、吉田篤弘の魅力が
最大限に詰まった一冊。
吉田篤弘に関心を持つ方は
絶対に読んで損はない本です。