短歌と聞くと、なんか格調高いというか、お堅いイメージを受けます。ぴしっと背筋が伸びるような。
そんなイメージを払拭してくれるのがこの本。
『ぼくの短歌ノート』、楽しい現代短歌を寄せ集めた、楽しい本です。
著者は穂村弘さんという方で、現代短歌の第一人者。
『世界音痴』 『絶叫委員会』などのエッセイも人気です。穂村さんがその感性で選んだ短歌を、解説してくれているのでかなり贅沢です。
「短歌なんて楽しめるかなあ」と購入当時の僕も不安でしたが、穂村さんが一首一首の楽しみ方を教えてくれるので、思い切りのめりこむことができました。
読書好きがはまる短歌
この本で初めて短歌に触れて僕が気づいたのが、「読書好きなら絶対はまるわ」ということ。
読書好きなら分かってくれると思うのですが、小説のだいご味って、「行間を読む」ということですよね。
言葉だけで表現された世界から、言葉では表現できない世界を想像する。これは実写やアニメでは体験できないことであり、行間のない小説には魅力がありません。
映画よりもアニメよりも小説が好き!という人は、この「行間の奥ゆかしさ」が好き、という方も多いのでは。
そう考えてみると、短歌には行間しかありません。
5・7・5・7・7の中に一つの世界を詰め込むんです。ここにある行間はとてつもない空間、まさに宇宙。
そこをどのように覗いてどう解釈するか、それは個々人の自由、その人だけの世界を作れる。
本好きの人ならこの楽しさを知っているはず。
僕が好きだった短歌
実際に現代短歌のオモシロさを見てほしいので、本書に収録されていた短歌で面白いと思ったものをいくつかご紹介します。
土曜日も遊ぶ日曜日も遊ぶおとなは遊ぶと疲れるらしいね
牛乳のパックの口を開けたのうしんでもいいというくらい完璧に
永遠に忘れてしまう一日にレモン石鹸泡立てている
「エモい」時代に流行る短歌
個人的には、これからの時代、短歌のブームが来るのではないかと思っています。
近頃、「エモい」ということばが新語として浸透しています。
郷愁や哀愁のような感動を丸ごとひっくるめたことば、賛否両論はあると思いますがまあ若者にとっては常識語です。
この言葉があれば、今まで短歌に触れてこなかった人たちにも受け入れられるんじゃないかと思います。
短歌は触れてみれば、誰もが多少なりとも心を動かされると思うんですよね。なんのこっちゃわからん、ということは意外とないんじゃないでしょうか。
ただ深くはまる人が少ないのは、うまく評価できないからだと思っています。
「なんかわからんけどなんとなくいい」、ここどまりだから、はまり方が分からない、「分からない」ものだとみなしてしまうんだと思います。
ただこの短歌に対する分からない感情、「エモい」という言葉で説明できるんです。
自分が何となくいいなと思った短歌を「エモい!」と評価できるんです。
言葉として評価できれば、自分が短歌を好きだということを自認できます、もっと好きな短歌に触れたくなります。
そして、人に勧めることもできます。「この短歌、すごいエモいよ!」みたいな。
まあほんとは「エモい」の一言で片づけずになぜ心を揺さぶられるのか、のことばの探求をすればもっと楽しいんですけど、ともかくも「エモい」が短歌の入り口になるんじゃないか、という話でした。
現代短歌、小説好きの人にはお勧めです、さらっと楽しめるのでぜひ。